< No.10 間に合わない >

絶え間無く地表に届く陽光が、雨に濡れた高圧電線を支える鉄塔を鈍く照らし出す。
白くけぶる息のフィルタ越しに、細めた眼差しがシャッタを切った。
次々と階段を上がって行く太陽は止まることなく、力強い光は鉄の塊を溶かそうとしているかの様だった。

滴る雫が、石の道に撥ねる。

駆け出す足を持たずに、私は沈黙を保ちながら、細い光がここまで届くのを待った。
鉄格子の隙から差し込んでくる光が、あの鉄塔の様に、この拘束を溶かしてくれるのを。

緩やかに始まる夜明けは、明けてしまえば止む事がない。
スピードを増した太陽は、目紛しく全てに色を撒き散らして、高みを目指す。
だが、その光は遥かに遠く、決してここへは届かない。

まだ、春は廻らない。

あの輝きが私の目を焼いて、この身を焦がすまでに、冬が終わってくれたのなら。
私は、桜の元、静かに眠る事が出来ただろうに。

「時間だ。出ろ」

背後で開いた扉から、無慈悲な声が響いた。
私は重い鎖を引き擦って、そこへ向かう。

「銃殺ですか」
「……行けば解る」

固い声に、私の運命を悟って、小さく微笑む。
独房に別れを告げようと、振り向いた先に白が溢れた。
鉄格子の縁に、すがる様に掛った、陽射しの指先。

―――残念だけれど、君は間に合わないよ。

心中の囁きが、唇を微かに震わせて、それが私の見た最後の光だった。

それが、私の最後の言葉だった。