< No.65 世界 >

眠れない夜には世界を作る。

材料は私の内側にある智慧と私の外側にある無限。

先ずそこには何も無く、白も無く闇も無く、天も無く地も無い。

薄っすらと煙る藍の風に、墨を一筋流したようなラインで、私は世界を始める。
―――――大地。水平線。分け隔てるもの。

土と水が触れて解れて、混ざり合いその線を作る。
波打ち際、寄せ返す鼓動が風を生み、砂を運ぶ。

運ばれた砂は土地に積もり、丘が生まれ山が背を伸ばす。

緑を芽吹かせる、種子を。
ぴんと張った指先から、ひとさじ。

世界を包む、緑色。
一億を越す色素粒子の脈拍が聞える。
呼び声は鳥を運び、羽ばたきが魚を跳ねさせる。

否、魚は嫌い。

水は何処までも澄んで冷たく、海は生物を育てずに、ただ風を起こし寄せては帰るのみ。
母ならぬ純潔の海。何て素敵。
尊い虚像の清らかさ。

陸に生きる、四足の生物。
陸に生きる、満足の生物。

そう、無足も多足も、嫌い。

砂漠に走るガゼル。
草原のライオン。
水辺のフラミンゴ。

そうして回る大地。
巡る朝日。

巡る世界。

一番最後に、私はそっと目を閉じて、瞼の裏の鍵穴に、白金のキィを挿し込む。
人間を作るために。

そうして眠りが訪れる。
眠る世界。

 

人間は、夢と同じもので出来ている。