その音は思考力を奪う。
単調なドラムのリズム。
繰り返す歌詞。
混み合った電車の中、音量を絞ってエンドレスリピートで同じ曲を聞きながら、
僕は思う。
このまま沈み込んで戻れないところに行けやしないかと。
(鮮やかだなあ…)
今日も夕暮れは美しい。
目を細めて見れば、人々の頭越しに今日の日が終わるところだった。
単調なドラムのリズム。
上下する車体と微妙にずれている。
吊革までは少し遠くて、時々揺れる動きに翻弄される。
進行方向逆向き。
あまり良いポジションじゃない。
繰り返す歌詞に頷くように、人々の頭も揺れている。
耳を覆ったヘッドフォンはゴツくて重い。
女子高生の声も聞えなかった。
こんな時に一人だと思う。
何が気持ちが良いって他の誰にもないものが見えるからだ。
音付きの景色ほど素晴らしいものはなくて。
他愛もないお喋りの対価としては十分過ぎるほどで
…。
暮れて行く、沈み行く太陽が投げかける今日最後の光。
煽るエレクトリックギターの鳴き声。
停車駅でドアが開く度に足元が少し寒い。
それもまた心地良い。
終わりはなくて、何度もそれが繰り返される。
何度も僕の耳元で囁く。
歌声。
ベースとドラムが心拍を刻む。
少し血流が早いのだろうか。
それとも少し遅いのだろうか。
酔っているな、と思う。
人と人の間に挟まれて。
押しつぶされて。
音漏れを気にしながら。
今日も電車で帰る。
ポケットの中で回る円盤の音まで聞えそうだった。
エンドレスリピート。リピートワン。
同じ曲が繰り返される。
沈みきった太陽を押しこめる夜空の蒼。
輝き始める星の旋律。
耳に届く声。歌声。
その音は思考力を奪う。
そして想像力を与える。
(鮮やかだ)
窓のスクリーンを眺めながら、
一日のことを思った。
他愛ないお喋りよりもずっと貴重な音が鳴っている。