嵐が来る。

遠く伸びる道の向こう側から、風を越えて雲を抜け
ただひたすらこちらを目指しやってくる気配。

彼らの纏う空気の音が聞こえる。

耳の奥が鋭く鳴り始める。

 

僕は双眼鏡と
ランプとライカを握り締めて
レインコートに袖を通し長靴を履いて待つ。

長靴をやめてスニーカーにしたのは
そのほうが歩きやすいから。

 

嵐がくる。

鮮やか過ぎる虹彩を腹の底に溜めて。
目を閉じて闇雲にこちらを目指しやってくる。

雨と風と不穏の匂い。

肌の一番外側がざわめく。

 

丘の上へ走れば
そこにはもう皆来ていた。
双眼鏡を覗き込んで、
天体写真を撮るように。

寝転んで嵐を待つ。

誰かの帽子が飛んでいく。

黄緑の風船も飛んでいく。

草が一際大きな音を立てて逃げ出した。

 

暗い影をもつ渦巻きが視界を埋めに掛かる。
僕は急いでシャッタを切った。
フラシュの閃光があちこちで嵐を歓迎している。

美しい紫を桃色に染め上げて
青白い雷鳴を轟かせ
白い雲を灰の色で掻き回し
全ての緑を巻き上げる。

耳の奥まで入り込んでくる砂埃の合唱。
目の裏に滑り込もうとする花弁の悲鳴。

月明かり星明り。
命という名の尊い光。

 

飲み込め!

誰かが叫んだ。

飲み込め!飲み込め!

口々に声が上がる。
僕も叫んだ。
拍手喝采。
歓声の音も、本当は聞こえていない。

 

女の子の長い髪がはためいている。
濡れた肩が寒そうできれいだ。

皆が上を向いていた。

嵐はゆっくり過ぎていく。
駆け足で。

 

 

風が止んで、
雨だけが残った。

ライカはレインコートの下。

帽子は嵐のお気に入り。

女の子がくしゃみをして、そこだけ少し賑やかになる。

 

目を閉じると土の下で、まだ風が動く気配がした。