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視界に広がる青。
駆け抜けていくのは7つの白い機体。
左右に広がる、仲間の姿だ。
コックピットを覆う厚いガラスに、小さな水滴がまといつく。
雨の名残。

”帰還指示 受信”

ディスプレイの端に移る文字を俺は無視した。
地上には重く垂れ込める雲の空。
ここは快晴。
足の下に町はなく、ただ白い雲だけが日の光を浴びて輝いている。

大きく、息を吸って、吐いた。
できることならコックピットを空けたい。
滑走路の上などではなく、この空で。


どうか
あと
一秒でも
長く。




滑るように高度を下げ、そのまますんなりと基地に降り立った純白の機体達は、今日の任務に相応しく一発の弾も受けずに仕事を終えた。
搭載されたカメラはつぶさに敵地を捉え、積載された弾薬は欠片も役目を果たすことなく。
パイロット達はそれぞれどこか不満そうで、それでいて満足したように官舎へ戻っていく。
偵察、敵地確認。彼らにとっては造作ない仕事だ。
それはつまり退屈な仕事、ということでもある。
だが、その退屈な仕事の為に、俺達整備士は日夜もなく働いてきたわけで。
「トキオカ、いい加減降りろ」
先頭の機体へマイク越しに呼びかけるも、返事はない。
いつものことだ。
トキオカはこの基地随一の飛行能力を誇るエース・パイロットで、7機の機体からなる先鋭部隊の隊長を勤める男だ。
年は27歳。俺から見るとまだまだ若い。
長く伸ばした黒髪をパイロットスーツに隠し、ゴーグルを装着している時だけ、まともな人間に見える。
地上にいる時のヤツは、ただのでくの坊に過ぎない。
空に上がらなければ呼吸もままならないといった性分では、パイロット以外の何者にもなれなかっただろう。
だからこそ、この若さでは最高の階級を得ている。
整備士にとっては一等の問題児だ。
そんな男はいつも、着陸してから優に1分は機体を降りない。
今日もコックピットの薄青いガラス越しに、じっと空を見上げている。
そう、いつものことだ。
「トキオカ」
『滑走路 オープン』
短く返された声は、日常に溶け込む間延びしたそれではなかった。
「どうした」
問いかけに答えたのは、上がり始めたエンジンの回転音。
整備士達が何事かと顔を上げる中、するりとタイヤが路面を滑る。
「トキオカ!?」
二秒後にはもう、白い姿はそこになかった。
飛び立っていく後姿に、誰もが呆然と視線を送る。
その時、
俺の視界の端に、黒い機体が入った。


「全員建物へ入れ!パイロットを招集しろ!」
怒号が飛び交う中、戻りかけた隊員たちと顔を見合わせる。
隊長の気まぐれか、緊急事態かと問われれば勿論後者だ。
着陸に入る前からそれには気付いていた。
だが、自分たちが必要かといえば、
「行くか?」
「いや」
必要ないだろう、と副隊長が呟いた。
地面に足をつけた自分たちはもう、あの男の仲間ではない。
「機体だけ、回収しよう。最新をやられたんじゃ高くつく」
「俺は見物に行きたいね」
「好きにしろ」
物好きなシマを一瞥すれば、相手は肩を竦めて管制へ向かった。
どうせ、間に合わない。
「ほら」
もう、終わる。



青空に吸い込まれるように白い点が昇っていく。
黒い点はおよそ10000メートル上空。
擦違う瞬間、微かな稲光が周囲に散った。
撃ち合っている。
互いの後ろへ回り込もうと、円を描く二つの機体。
急降下、上昇、まだついてくる。
翼を振った。線を描く蒸気。
加速し続ける。
まだ上る、
降りる、
そしてまた。
互角、いや、
一瞬遅い。
重なり合う影。
白が、回りながら、落ちていく。
平衡を失い、
空気を攪拌しながら。
そしてゆっくりと、
水平に、
瞬間、上空で赤が散った。
炎の色。苦い煙。
黒い点は、もう、どこにもいない。
白い機体は静かに、基地へと下りてくる。
まるで、何事もなかったと主張するように。


駆けつけた整備士達が案じているのは、勿論機体の方だ。
奇妙な動きをみせた戦闘機に、損傷がないかと大急ぎで調べに掛かる。
途端に慌しくなった基地の中を、整備服が縦横無尽に駆け回った。
そんな中で一際体格のいい男だけが、パイロットに大声で文句を言っている。
「ミサイル2発だけで突っ込んでいくヤツがあるか!」
コックピットのカバーガラスを開けたまま、ゆったりとシートに腰掛けている相手は、そんな声など聞いてはいない。
ただ、遊び相手の従兄弟が帰ってしまった子供のように、少し拗ねた横顔を覗かせているだけだ。
「トキオカ!」
「あー…」
漸くタラップを折り始めたトキオカは、ゴキリと首を鳴らしながら溜息をつく。
煙草をくれ、と差し出された手をひっぱたいて、その男は更に文句を募らせた。
整備士長のタカセ。この二人はもう10年近い付き合いになる。
それだけに容赦のない注意を、だが、全くの聞く耳持たずで聞き流し、トキオカは官舎へ向かった。
既にその背中からは生きる気力が感じられない。
何人かの整備服が、ひっそりと溜息を零した。
「何いったって無駄だろうに」
「俺が言わなきゃ誰が言うってんだ」
誰にともなく言い返し、ぼやきながら整備の列に加わる。
開いてみれば、残されたミサイルは一発。
「…やってくれるな」
苦々しく一人ごちながら、タカセはどこか誇らしげに笑った。
何だかんだ言って、パイロットにほれ込んでいるのだ。



馬鹿馬鹿しいくらい、
空に惚れ込んだ人間と、
それに惚れ込んだ人間が、
ひしめき合いながら、この基地で暮らしている。
それぞれに、それぞれの仕事を愛しながら。