-Fabel  05-


 「ねぇ」
 右側から掛った声に顔を顰めて、僕は彼女に背を向けた。
 偶の日曜日くらいゆっくり寝かせて欲しい。
 「ねぇったら。起きてるんでしょう?」
 君の所為でね、とは言わず僕は寝た振りを続ける。あわよくば彼女が諦めてくれないかと思って。
 「ねぇ!」
 「ああもう、何」
 結局負けたのは根気強くない僕の方だった。
 満面の笑みを浮かべて、彼女が顔を覗き込んでくる。
 「おめでと」
 「…ありがと。何が」
 「誕生日」
  言われて少し考える。そういえば七月だ。
 「欲しいもの、買いに行きましょ」
 素早くベッドを降りていく彼女はご機嫌だ。これじゃあどっちの記念日なんだから解らない。既に出掛ける準備は万端なようで、お気に入りのワンピースを着ていた。
 渋々後に続く僕を振り向いて、彼女は首を傾げる。
 「何か欲しいもの、ある?」
 「そうだな…」
 ベッドヘッドから拾った眼鏡を掛けて、僕は軽い欠伸を一つ。
 何だか随分、昔の夢を見た気がする。
 「時計はなしよ」
 「解ってる」
 溜息まじりに答えれば、クスクスと笑う彼女。
 「取り敢えず…」
  クローゼットを開けながら、僕は彼女を見下ろして。
 「アイスを食べに行かないか?」
 「良いわよ?」
 珍しいわね、と笑う彼女を見下ろして、まあね、と僕は答える。
 「君は何が好き?」
 「ラムレーズン」
 小さな指時計を選びながら、小さな彼女は機嫌良く返した。
 そんなところは僕に似ている。
 「ミントチョコは?」
 「あんなの、アイスじゃないわ」
 溜息まじりに言うと、くるりと踵を返し歩き出す。
 彼女が聞いたら怒り出すような事を言うくせに、後ろ姿は大きなほうの彼女とそっくりで、僕は夢の内容を思い出した。
 「さっき、夢を見たよ」
 「どんな?」
 「後で話す」
 他愛もないお喋りをしながら、アイスクリームショップへ出掛けよう。
 きっと、ラムレーズンは品切れに違いない。