-Fabel 04-
未来と過去の好きなところへ行けるとしたら、それはもう未来に行きたいに決まっている。
少なくとも今、僕はそう思う。
けれどもいくら好きなところとはいえ限界はあるわけで、本来「現在」と呼ばれるその瞬間より先に僕らは行くことが出来ない。
「現在」時刻は17:42。夕方だ。デジタルの緑の文字が壁に浮かんでいる。
僕はコンピュータに向かう手を止めてカレンダを見遣った。
仕事でなければ使うこともないカレンダ。
その隣にはオレンジのピンで留めた筆談のルーズリーフ。
『あなたが真面目に三ヶ月働いて、そのお給料で結婚指輪を買ってくれるなら、考えてあげる』
今でもあの、悪戯を思いついた子供のような彼女の笑顔を覚えている。
あれから三ヶ月。まともに毎日を過ごしたのは久しぶりかもしれない。
僕のタイムパスは今、彼女の手元にある。
そう、僕はこの結末を未だ知ることが出来ないのだ。
だがこの苛立ちも今日で終わりだ。帰り道、銀行へ寄って給料を下ろしたら、その足で店へ行って指輪を買おう。
どの指輪にするかはもう決めてある。
彼女の好きな装飾品店。ブルートパーズの深い色が美しい銀のリング。
金剛と呼ばれるあの白い石だけでは、彼女に似合いはしないだろう。
三ヶ月を費やすには小さな買い物かもしれないが、指輪と言うのは案外高価だ。
もっとも、本物の時計と比べれば安いものだろうが。
タイムパスがないから解らないのだが、どうも僕は一番最初に彼女にプロポーズする僕らしい。
今まで色々とあちこち見て歩いてきたが、この先を見た覚えがないからだ。
それならば、彼女に一番似合う物を贈ろうと決めていた。
下見も充分。店の閉店時間までは後30分以上ある。
机の周りを片付け、コートを羽織り、鞄を手に持った。
デスクにオフのサインを出して、椅子を仕舞う。
やはり「現在」はここなのか。
それとも偶々、僕がこの先へ行かなかっただけなのか。
呟いてオフィスを出た。長く続く廊下の先、エレヴェータの前で立ち止まる。深呼吸を一つ。
下りの釦を押す左腕には、黒いリストウォッチが光っていた。